令和4年度採択事業者 インタビュー

2023年9月作成

Global Vascular株式会社

Global Vascular株式会社

細径動脈硬化性病変を長期に開存維持する
ハイブリッドナノコーティングステントの開発

Global Vascular株式会社
代表取締役CEO 尾藤 健太

代表取締役COO 前川 駿人

CMD(Chief Medical Director) 長谷部 光泉

足の虚血を治し、「歩く」希望に光を灯したい
3つの技術で再発を抑え、血管の働きを取り戻す治療の実現を目指す

Global Vascular株式会社は、従来の膝下以下の細径な動脈硬化性病変に対する血管内治療(カテーテル手術)の課題に着目し、「ステント」と呼ばれる形状記憶合金でできた金網状の筒になった治療用デバイスの留置後の血栓形成や生体反応を抑え、血管の正常な働きを取り戻す革新的な『薬剤溶出性ナノコーティングステント』開発を手がける。臨床現場と工学が日夜、密に連携して20年(3人が出会ってから既に10年以上の研究歴)、Global Vascular社は、アカデミアのHasebe Research Group (HRG)からspin-outし、AMDAP採択後すぐにベンチャーを立ち上げ3つの革新的な技術(以下、本文)で血管内に留置するステントとその最小径のデリバリーシステムを開発。「踏み込んだ視点で専門性の高い知見を得られる」と、AMDAPの支援を活かしながら事業化への道筋を切り拓く。

――足の虚血の治療が困難とされる理由と解決への構想を教えてください。

取締役COO 武智 峰樹

長谷部足の虚血は「下肢閉塞性動脈硬化症」と呼ばれる疾患で、動脈硬化に起因します。他に動脈硬化による疾患としては、頭であれば脳梗塞、心臓であれば心筋梗塞が知られています。いずれも命に関わる疾患で、早期の治療が必要です。

下肢閉塞性動脈硬化症の中でも膝下以下の細い血管が狭くなるあるいは詰まってしまう病態は、「重症虚血」とも呼ばれており、これに対しては古典的な風船付きバルーン(バルーンカテーテル)で広げる以外には決定打になる治療法が存在しておらず、虚血が進行すれば3〜6ヶ月で足先が壊死して、切断を余儀なくされることがあります。足が第二の心臓と言われるのは、足には重力に逆らって血液を上に押し流すポンプの役割があるからです。この機能が損なわれると、残された身体機能までもが低下して、ある種の癌よりも5年後の生存率が下がってしまうことが知られています。健康長寿の秘訣は“歩く”という当たり前のこと。その当たり前の未来を守るためにも早期治療介入が求められます。

心筋梗塞に対しては、血行再建術と言って、カテーテルという細い管を血管内に通して血管の中から狭くなっている患部をバルーンで広げ、その広げた状態を維持するためにステントを留置する治療法があります。膝上の下肢動脈硬化症においては、血管径がやや太いため、薬剤溶出性ステントや薬剤を表面に塗布した風船付きカテーテル(薬剤コーティングバルーン: DCB)などが市場に存在しますが、膝下以下の細径な動脈硬化病変においては、未だ決定的なステントやDCBが開発されておらず、単純なバルーンカテーテルのみでは満足な治療結果は得られていません。その理由に、治療対象となる膝下の動脈が4mm以下と細く、石灰化の強い病変が多いことや、心臓から最も遠い部位のため血液の流れが遅いことが挙げられます。ステントを留置するとその周りに血栓や余計な細胞の増殖を引き起こしてしまうという問題があって、留置できるステントがないのです。現状は、狭くなった血管内部をバルーンで一時的に広げる方法がとられています。これも時間とともに再び血管内で狭窄が生じるため短期的な処置にすぎません。

私は血管内治療(カテーテル手術)を専門とする専門医として、この課題解決に20年以上の歳月をかけてきました。その成果の結晶が留置するステントを“ステルス化”する技術です。ステントを留置しても身体が異物として認識せず、生体反応や血栓の生成が抑えられ、ステント自体が血管の内皮細胞と一体化していく技術です。留置するステントを血管が異物とみなさなければ解決するのではないかという発想から生まれ、それを実現する3つのコア技術も確立しました。現在、日米の国の認証施設(GLP適合施設)にて動物実験で検証しており、安全性と一部有効性が確認されれば、人での臨床試験に進みます。ここまでの過程で、臨床医と工学者が密に連携するかけがえのないチームが育ち、製品化に向けたスタートアップ企業も立ち上がりました。

――従来のステントにない要素とは?

長谷部近年のステントは、留置後に増殖してくる血管平滑筋細胞の遊走・増殖を止める薬剤(抗癌剤や免疫抑制剤)がステント表面から徐々に溶出してくるようなデバイス(薬剤溶出性ステント: DES)が開発されております。また、DES留置後に生じる血栓を抑制するため血液をサラサラにする薬剤を内服薬として最低2剤以上飲む必要があり、脳出血や全身の出血などの危険性も伴います。しかしながら、血管にとってステントが異物であることには変わりなく、強い薬剤によって正常な血管内皮細胞もダメージを受けてしまい元の血管内皮に戻るのに時間がかかるため、その間にも血栓形成や生体の細胞増殖反応は起きてしまい、再度ステント内が詰まってしまうことが問題としてあげられます。

つまり、治療のために留置したはずのステントは、極めてインパクトがあるデバイスではありますが、長期的に見れば解決すべき課題が多く残されています。この課題の突破口になったのが「ステントが血管の異物にならなければ良い」という発想です。着想は20年以上前、私が医師になって2〜4年目 (1996-2000年)にハーバード大学医学部へ留学していた時代です。1998年から、私は主任研究員としてチームを率いて、ステント留置後の再狭窄を予防するためのカテーテルを用いた遺伝子治療の動物実験を数多くおこなっていました。ステント留置後の生体反応として、血栓形成を機に開始される連鎖的な血管再狭窄・再閉塞のメカニズムを理解し、帰国した2000年には生体反応を起こさない条件を揃えるための技術開発に着手しました。最初に確立したのが、生体適合性の高く極めて血栓をはじく機能を持った「抗血栓性ダイヤモンドナノコーティング」です。

ここでの挑戦は、ダイヤモンドコーティングが変形する立体の微細構造体から剥がれないようにコーティングすることでした。このコーティングは、優れた機能を有していることは多くの実験にて証明されましたが、平らな金属やポリマーにしかコーティングできない、というのが当時のダイヤモンドコーティング技術の常識だったのです。視点を少しずらして生まれたのが、まず膜に血栓がより付着しにくくするためと膜を柔らかくするためにフッ素を膜内部に添加し、かつ接着の役割を持ったしなやかな“中間層”で、金属とダイヤモンドコーティングの間に層をつくり調整・最適化することに成功したのです。これによりステントの変形する動きに剥がれることなく追従する「フッ素添加・抗血栓性ダイヤモンドナノコーティング (F-DLC)」が確立します。後に私たちが開発するステントが血管の内皮と一体化するための重要な役割を担うことになります。

尾藤私たちのステントは、形状記憶合金でできた網目状の筒に、フッ素添加ダイヤモンドナノコーティング (F-DLC)を施し、一番外側に生体反応を抑制する薬剤が溶出するコーティングで構成されます。外側のコーティングは薬剤の溶出を終えたら溶けてなくなる仕組みで、従来の下肢のステントにはない特徴です。従来のステントは薬剤が溶出しきった後もコーティングを含んだポリマーは残ります。皮肉にもその残存するポリマーが血管内で過敏反応や血栓などの問題を起こすことが報告されています。薬剤を含んだポリマーは最終的には、薬剤共々、なくならなければいけないという考え方です。ただ、ポリマーや薬剤が溶けてなくなっても、ステントの金属表面は露出されることなく、ステルス性の高いF-DLCナノコーティングで覆われ、血栓付着を防ぎ、その後に起こる細胞増殖の連鎖を断ち切るわけです。

前川これらのコーティングを載せるステントそのものも血流を邪魔しない形状であることが大事です。薄ければ薄いほど望ましく、有限要素解析を用いたコンピューターシュミレーションや血流動態のコンピューターシュミレーションを用いて、試行錯誤の末に120μm以下の薄さを達成しました。これは他社の太ももの動脈用ステントの半分の薄さですが、耐久性は従来と同程度保てているという点で、ステントデザイン的にも極めて優れています。

長谷部ステントのデザイン設計を担当したのは私と同じく血管内治療を専門とする臨床医の亀井俊佑先生(東海大学医学部医学科専門診療学系 画像診断科 助教)です。ステントのデザインには数学と物理の知識が求められるのですが、医師でありながら彼にはその才能があったのです。自ら3D CADで三次元構造体を設計し、ステントが曲がるとどこに負荷がかかり、折れやすいかなどコンピューター上でのシミュレーションと実際の試作での性能を検証する作業を繰り返し、デザインを完成させました。またそれをどうやって臨床に落とし込むかということについては、Global Vascular社のMedical officersを兼任する、小川普久 准教授、松岡キーロン江美 特任講師(慶應義塾大学病院 臨床推進研究センター)、Scientific Advisorとして米国MIT・ハーバード大学医学部の世界的にステント開発で高名なElazer R. Edelman教授などなどその他、多くのHasebe Research Group(HRG)メンバーが開発に携わっています。

冒頭に述べた3つの革新的な技術は、① 溶けてなくなる薬剤溶出コーティング、② 生体親和性の高い抗血栓性ダイヤモンドナノコーティング、③ 薄型で血流を邪魔しない独自設計のステント、この3つの技術を備えることで、下肢閉塞性動脈硬化症の治療、特に膝下以下の細径動脈硬化に対するステント治療を可能にするステントが形になったということです。

さらに、ステントを留置する位置までスムーズに運ぶデリバリーシステムも専門医でもありGlobal Vascular株式会社のMedical Officerを兼任する宇佐見陽子 客員講師(東海大学医学部)および山科精器株式会社との共同研究の中で、自社で世界最小径のデリバリーシステムの設計開発に成功しています。

薬剤を含ませるポリマーという物質を専門とするエンジニア集団の中でも特筆すべき若い才能、忍耐力、人間力を持った尾藤CEO、薄膜コーティング専門でチームの技術的側面の全てを緻密に統括する能力を持つ前川COOをはじめ、ステントに必要な構成技術に付随する専門性の高いメンバーがこの過程で集まりました。もちろん医療従事者としては長谷部CMDの医学部側のチームから多くの医師が参加しています。こうしたメンバーが密に連携する体制をつくれたことも、私たちの財産。研究グループそのものが技術要素の集合体と言えます。

――最後にAMDAPの支援を受けた感想を聞かせてください。

知財・新規事業開発室 波多野 薫

長谷部開発に見合った実践的な面談ができています。異なる意見も意思決定には重要で、ある領域に精通した専門家が複数名いたとしたらその全ての意見を聞けるところも助かっています。例えば、知財においても、AMDAPで紹介された弁理士と我々の弁理士とがお互いの考え方を理解し、連携して動いてくれています。

カタライザーとの毎週の面談に加え、チケット制で知財や製造のQMSなど適切な専門家の紹介を受け、アドバイスを得る。それがきっかけで直接契約してプロジェクトに参画してもらうことになったコンサルタントもいます。本当に必要な人材に然るべきタイミングで出会うことができるおかげで加速度的にものごとが進んでいます。

前川正直なところ、座学で時間を取られてしまうのではないかという心配もありました。座学であっても参考になるだろうし、私たちにとって重要な知識を得られる可能性もあると思って応募しました。実際には座学どころか、かなり実践的で驚いたというのが一番の感想であり、AMDAPの支援なしにここまでスピード感をもって進むことはなかったと断言できます。

我々は、教科書をなぞるような事業をしているわけではないので、自社の開発に置き換えて会話ができることは、数ある公的資金の中でも極めて意義深いです。

尾藤我々の強みは、巨大な幹に猪突猛進して物凄い速さで切り拓き続けるところにあります。その反面、どんな専門家が必要であるかなど、考える時間が取れないという現実もあります。そういったかゆいところに手が届く支援だと思います。

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